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飾り棚

去年、大阪の娘宅に行ったときに、キッチンと居間の壁に洒落た棚があって、気に入りのマグカップが並べてあった。

A2 娘から写真を送ってもらって、イメージをオットの脳裏に焼きつかせた。
「むにゃむにゃ・・・」とわけのわからない返事をしたオット。
先週花巻のノリ宅から2泊3日で帰ってきたら、こんな風に取り付けられ、マグカップ達も収納されていた。忘れていなかったんだわ。
毎晩お世話になるマイマグ達。
娘宅のは横並びだったが、我が家の構造にあわせて、縦長。
出し入れは自由で、ちょっとしたインテリア風。
ほぼイメージどおりの出来栄えだった。

そして

A1 こちらは去年の作品。お手洗いのペーパーストック兼飾り棚。
余り板を使って、狭いトイレの角を利用して作った。

「今度は居間に小さい飾り棚作って」とお願いしてみた。趣味で集めている猫グッズを並べてみたい。
「ああ・・・暇が出来た時ね。へへへ・・・」
と言いながら、小器用なオット。

さんきゅ。

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ごめんニャア

「苺の会」で撮った写真をパソコンに移し変えていたら、何かの拍子にデータが全部消えてしまった。
10人揃った写真は同じ苺狩りに来ていた方に撮ってもらった貴重な写真。みんなそれなりに美しく写っておったのだが・・・。

そのショックを引きずったまま布団に入って泥睡した。眼が覚めたのは、早朝の地震。一度は起き上がったが、また眠ってしまった。
次に眼が覚めたのは「ニャゴ-ン・・・アゴーン」と言う声が聞こえたとき。そういや夕べはポチが布団に入って寝なかったと思った。毎晩一緒に寝るのに・・・。

声のする方は確かに外・・・。ガラスの向こうの縁側で目をギラギラさせておりました。
「ええっ・・・なんで外にいるのよ・・・」
いけない・・・夕べ9時ごろ外に出たがったので出したままだった・・・。
忘れていた。
夕べは昼間と一転して冷え込んだ。16歳のポチ(♀)には厳しい夜だったろう。
ごめんよ・・・ごめん。冷たい足を触りながらギュギュッと抱きしめた。生後1ヶ月で家に来てから初めての外泊。

写真のデータは息子のお陰で復活。めでたし。

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バレンタインは苺摘み

毎年恒例の友人達との苺摘み&ランチ会。去年より2週間遅れた。

今日は桜も咲きそうなくらいの暖かさと言おうか暑さ。迎えに来てくれた友達の車に乗ったとたん汗が噴出した。
早朝はまだ春一番の風が残って雨も降っていたが、出かける頃には陽が射し始めた。一年ぶりに顔をあわせた面々。元気な再開を喜びながら、「私達っておこないが良いのねえ・・・いい天気になって・・・」とみんな勝手なことを言った。

去年は確か7人だったと思うが今年は10人。賑やかだわ。
楽しい苺狩りが終わった後はランチの会場に移った。
今回は以前に別の友達に連れて行ってもらって気にいった君津市南子安にあるイタリアン「プリマベーラ」は予約で。
値段のわりにはかなり本格的なイタリアン・・・。バルサミコ酢やオリーブ油をたっぷり使った店主のこだわりのお料理は到底家では作れるものではなく、みんなであれこれ言いながら楽しみました。
食事をしながらの話は、夫の話。孫の話。嫁や婿様の話。職場の愚痴。話し始めると尽きないあれこれ。

「ワタシ・・・腰が曲がっても来るからね。毎年続けてねっ。苺の会。」と年長のお姉さん。
そうね・・・。誰一人欠けることなく毎年元気で会おうね。春の一日。


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千田先生

千田(ちだ)先生は高校時代の社会の先生でした。主に世界史と日本史の教科を教わりました。

中尊寺金色堂

A1 先週、ノリと平泉中尊寺を訪れた時のこと。
毎年、七福神巡りをするときに押してもらう御朱印を、七福神巡りに限らず、旅先などでもその都度使える御朱印帳を手元におきたいと、常日頃思っていました。
金色堂で藤原三代の栄華の説明を聞いたあと、帰り際、御朱印帳の文言に心惹かれ、天台宗東北大本山中尊寺から始めようと思った時に、意識の中を駆け巡ったのは千田先生のこと。
私やノリにとっては高校の恩師で、千田先生は2年前まで中尊寺の貫主(かんす)だったお方です。
千田先生なんて気軽に呼ぶのは恐れ多いのです。

真新しい御朱印帳に新しい貫主様が書かれた御字に係りの方が当日の日にちを入れてくださっていたら、そこへ千田貫主様のお傍に常にいらした方が現われた。
その方が千田貫主様の人となりを身近にいた一人として語ってくださった。
私たちが先生として教えをいただいた数年。そしてその後の先生の数十年の足跡。
いつも穏やかで、凛とした千田孝信先生の姿。金色堂を後にしながら、懐かしく蘇えった。
今は日光に戻っていろいろなことに奔走されながら住職をされているとか。

「千田貫主様に習っていたなんて誇りだね・・・」
「うん・・・」

何十年も前の話です。

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西和賀町 ゆきあかり祭り

snow岩手県西和賀町は豪雪地帯。

大人の休日倶楽部を利用して花巻のノリのところへ寒さ体験ツアーと理由をつけて訪れた2日目
昼間は平泉、中尊寺や毛通寺を訪れた後、北上から秋田県横手への道を西和賀町に向かった。いつもは大雪で峠を越えるのも大変なこの地帯。今年は少なめの雪だそうだ。
とは言え、到着するとすでに雪がちらほら。温度は氷点下だろう。

A2 「ゆきあかり2009にしわが」
西和賀町は「ゆきあかり祭り」の発祥の地だそうだ。
大雪でうんざりする冬の町をこういうイベントを通して地域を盛り上げるのが目的なのだろう。
町の方々が作ってくださった、納豆汁や甘酒は並んでご馳走になった。夢中になって食べた。寒い中で体が温まってありがたかった。

A3_2 いろんな団体や個人の家、約700世帯余りの方達が作った「ゆきあかり」。5時を回ったら、雪を象った中にろうそくの明かりが灯った。なんとも可愛く美しく、幻想的だった。
ノリとあちこち見て回った。
「素敵ですねえ・・・」
「え・・・すでぎぃ?ふっふっふ・・・ろうそくの火がきえじまった・・・」とろうそくに火を入れる準備をしていた地元のおじさま。地方の訛りも懐かしくも新鮮に聞こえてノリと肩をすくめて笑った。

かまくらの中。「お神酒・・・飲んでかねえか・・・」進められたのにいい気になって飲んじまったわ。沢庵や大根の丸付けは美味しかったし。
「また来て見たいね・・・」と。西和賀町は白く美しく、親しみのあるやさしい町でした。

余談。
翌朝の地方紙を見ていたノリ。
「昨日のゆきあかりのこと出ているよ」「どれどれ」と新聞に目を通したわ・た・し。
「・・・なんだかここに写っているひとノリみたい・・・スカートなんか履いて」
「ええっ・・・」と新聞の写真を眼鏡をかけなおして見たノリ。
「あらら・・・これ私たちだわ・・・」顔ははっきり見えなかったが、マフラーをすっぽり被った私とスカートを履いた小柄なノリ。
確かにそうだわ。

ワッハッハ。

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ランドセルの頃

この時期になると、テレビはもちろん、あちこちで新入学に向けてのランドセルのコマーシャル合戦。

このランドセルの季節になると、はるかな記憶が蘇える。
私ももちろん赤いランドセルで、小学校に入学した。何十年も前。
それが確か小学二年生か三年生の時に背負いのベルトが本体の付け根から、ちぎれて壊れてしまった。
その当時、母の父親が(祖父)健在で、しかも器用な人だったので、ちぎれたベルトと本体を針金のようなものを使ってたちまち繋いでくれた。
本心では修復不可能になって新しいのを買ってもらいたいと願っていたと思う。
黒い針金のようなもので修復したそのランドセルが、気に入らなくて、でも新しいものを買ってもらえるはずもなく、背負った時に、背中との隙間からむき出しになって見える黒い針金のランドセルを背負っているのが、恥ずかしかった。
クラスの人には見えないように気をつけて背負った。
ひとつ年下の妹、ノリは覚えているだろうか。ランドセルごときでくよくよしてしたいた姉のこと。

今日。愛孫はるちゃんから電話があった。
「ランドセルありがとう」と嬉しい声が遠くから聞こえた。
初孫も今年は小学生。
今のランドセルは娘の時代よりも可愛らしさや、軽さや丈夫さがさらに進化しているそうだ。
ランドセル背負って元気で6年間頑張ってね。

今度は壊れないだろうなあ。

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明日は立春

庭に頻繁にメジロのつがいがミカンを食べにやってきたり、桜草の勢いも増し、ムスカリの芽がちょろちょろ出て来て、気がつけば節分。

我が家の節分の豆まき。
「豆散らかるからさ・・・3個ぐらいづつ置いていった方がいいよ」
「はいはい」
「鬼は外より鬼はうちって言った方がいいよ。鬼もこの寒さじゃ可愛そうだから」
「はいはい・・・鬼はうーち。福はうーち」

上記は母とオットの会話。
お神酒を神棚に供え、スーパーから買ってきた恵方巻きを並べ、いわしを焼いて、ほうれん草の胡麻和えなどを作った節分の夜。

季節を分ける。朝が明けるのが早くなり、夕方は昼間の明るさが、いつまでも残る。
寒くて縮こまっていた体や心が、少しばかりのびのびするような気がする。
そして、明るい時期になったというのに、意識の中を占めるのは、亡き父のことであったり、それにまつわる切なくも懐かしい事だったりすることが多い。
16年前のこの時期、短い入院の最中に、あっという間に逝ってしまった父。
父も自分がこの世からおさらばするなんて思ってなかったろうし、母も私や妹達も想像すらしていなかった。
好奇心が強く、好きなことには熱心でお茶目な人だったから、今の時代であればもっと楽しいことがたくさんあったのに思う。
だからこの季節は体が踊るけど、少しだけ重たい。

巡っていく季節。明日は立春だから。

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